03 - Story of Emotions

 「なんとかする」という責任感が、
 ぼくを、商社マンにしてくれた。

第1事業部第3部 岡田 充弘 2015年入社

商社という業界の華やかさ。 バリバリ仕事をする「できる商社マン」のイメージ。 そんな漠然とした憧れを抱いて、就職活動をはじめた。 実家が長年、浅草で鞄屋をやっていたから、 繊維商社に興味を持ったのは必然だったのかもしれない。

ほぼ同じタイミングで、 大手鞄メーカーと田村駒から内定をもらった。 人が作ったものを売る人生か。 売るものを自分でゼロから生み出す人生か。 問うまでもなく、答えはもう決まっていた。 内定をもらった次の日に、 駆け足で承諾書を出しにいったことを、 今でも昨日のことのように覚えている。

入社後の1年間は、いわゆる見習い期間。 電話対応や荷物の受け取りといった基本的な業務から 先輩の商談についていって、ちょっとウトウトしたり(笑)。 まぎれもなく「THE 1年目」な日々。

そんな日常に異変が起きたのは、2年目の始め。 上司が海外転勤になり、それまで「先輩の仕事」だったものが、 いつの間にか「自分の案件」になったのだ。

普通、2、3年目くらいまでは先輩のアシストがメイン。 2年目がたった一人で案件を回すなんて、聞いたこともなかった。 同期たちに話すと、返ってきたのは驚きと同情……。

そして、事件は突然やってくる。 百貨店に卸すはずだったスウェードのスカートが 予定より3センチも短くあがってきたのだ。 業界内で許される誤差は、1センチ。 3センチは完全なるアウトだった。

原因はシワの寄りやすい生地にあった。 製造過程で何度もアイロンをかけた結果、 少しずつ縮み、結果的に3センチもの誤差が出ていた。 すぐに工場にかけあい、長さの問題はなんとかなったものの、 検品所に届いた製品には、別の問題が起きていた。 長さを調整したがために生まれた、不自然なシワ。 相手はクオリティに厳しい百貨店。 とてもじゃないが、このままでは納品できなかった。 急いで検品工場に電話し、なんとか修正してもらえないかと頼んだ。 答えはノー。繁忙期のため、対処するための人手が足りなかった。

納品は2日後。お客様は当然、 期日通りに納品されると思っている。 一方で、検品工場では対応できない。 どうする?お客様に素直に謝って一から作り直すか。 しかし、それだとスケジュール遅れは確定。 追加でかかる資材の経費で大赤字も間違いない。 それで信頼が戻ればいいが、そんな保証はなく、 今後の取引はなくなってしまうかもしれない…。 まさに板挟みの極限状態。 その最中、どういうわけか、ひとつの考えが頭に浮かんだ。 「自分がやるしかない…」 人手がないなら、自分が手を動かせばいい。 やり方なんかもちろん知らないけれど、 検品工場の人に聞きながらやるしかない。

すぐに近くの雑貨店で衣類用ブラシを買い、 その足で工場に乗り込んだ。目の前には うづ高く積まれた、2000着ものスカートの山。

やり方を工場の人に聞きながらやってみるも、 1着にかかる時間はおよそ5分。 このペースだと、一週間寝ずにやっても終わらない。 もう無理かもしれない。 間に合いませんと素直に謝るべきかもしれない。 諦めかけたちょうどその時、見るに見かねた工場の人が ひとり、またひとりと手を貸してくれた。 結局10人以上が手伝ってくれて、 なんとかことなきを得ることができた。

このことがあってから、 たった一つのことを大切にするようになった。

責任を果たすこと。 絶望的な状況でも、がむしゃらになんとかすること。 そうすれば、きっとその姿を見てくれている人がいる。 その視線の先には、得難い「信頼」の二文字がある。

数年後、検品所の当時の担当者と再会した際、 「いまだかつて、工場まで乗り込んできて、 自分でなんとかしようとしたやつなんてお前だけだ」 そう、笑いながら言われた。 恥ずかしくもあったが、それよりも嬉しかった。 想像していたよりも100倍泥臭いけれど、 憧れだった商社マンに、少しだけ近づいたような気がした。

将来のことは、まだ考えてない。 ただ、この業界も、安泰じゃない。 将来的には、今培っている知識やスキルを活かして、 新しい製品、新しいビジネス、新しいマーケットを生み出していきたい。 もちろん、簡単ではないのはわかっている。けれど、必ず実現する。 それが、僕が憧れた、商社マンの姿だから。

「なんとかする」という責任感が、
ぼくを、商社マンにしてくれた。
岡田 充弘の物語